要旨

1.薬学教育における実務実習改善の必要性

 わが国においては、薬学部は大きく分けて医薬品の研究開発に関わる人材と医療現場で働く薬剤師の両方の育成を行ってきたが、教育カリキュラムは医薬品の研究開発に関わる教育に偏っており、医療人としの薬剤師を養成する教育にはあまり重きが置かれていなかった。また、授業形態は教養教育や専門教育の講義を通した知識の習得が中心であり、実習や演習を通した技能と態度の習得は非常に少なかった。これまでの実務実習は、主として病院が対象であり、その期間も2~4週間と短く、臨床に関わる実践的能力を培うために十分とは言えない。

 さらに、薬剤師法(昭和35年)第19条は、「薬剤師でない者は、販売又は授与の目的で調剤してはならない」と規定しており、薬剤師資格を有さない薬学生が医療現場で実務実習生として、薬剤師と同様な調剤行為をすることは法律に違反する。しかし、薬剤師資格を取得すると直ちに、処方せんに基づいて調剤し、あるいは病院において医師、看護師と協力しながら、患者さんの薬物治療に従事することになる。したがって、薬剤師になるためには、学生は卒業前の実務実習において、薬剤師の指導・監督の下に、薬剤師としての実践能力を十分に修得しておくことが求められている。

 薬剤師養成教育の先進国である欧米諸国では、病院あるいは薬局で、薬剤師の指導、監督下に患者さんとのコミュニケーションや基本的な薬剤師行為に携わる、いわゆる参加型実務実習を実施し、実践能力の醸成を図っている。わが国においても、医学教育及び歯学教育においては、医学生、歯学生が卒業前の「臨床実習」として、指導医の監督下に基本的な医療行為を充分修得するための「診療参加型臨床実習(クリニカルクラークシップ)」を1年間実施するようになっている。このような観点から薬学教育における実務実習の充実と改善が求められてきた。

2.薬学教育モデル・コアカリキュラム」及び「実務実習モデル・コアカリキュラム」作成の経緯

 医療技術の高度化、医薬分業の推進、医薬品の適正使用や薬害防止など薬剤師の役割に対する社会的要請の高まりとともに、医療人としての高い倫理観を備え、臨床能力にたけた実践型薬剤師の養成に重点を置いた教育体制の構築が望まれていた。薬学教育に先立って、医学教育、歯学教育でも新たな教育体制の構築の必要性から、モデル・コアカリキュラムが作成された。

 薬学教育の改善・充実を図るための検討は、平成5年12月に設置された「薬学教育の改善に関する調査研究協力者会議」(文部科学省主催)において始まり、最終まとめ報告書が平成8年3月に公表された。そこでは、薬学教育の基本的な視点として、医療薬学と実務実習の重視、および倫理観、問題解決型学習の重視が指摘された。しかし、実務実習カリキュラムを含む薬学教育カリキュラムの作成には至らなかった。それ以後は、国公立大学薬学部長会議、私立薬科大学協会、文部科学省、厚生省による4者懇談会(平成8年から)において、ついで日本薬剤師会、日本病院薬剤師会を加えた6者懇談会(平成11年から)において継続して審議されたが、教育年限に対する見解の相違等から、実務実習の課題検討は棚上げされた。医学部における医師養成教育カリキュラムの改善に刺激されて、薬学教育カリキュラムの改善の気運が高まり、私立薬科大学協会は「薬学教育モデルカリキュラム」(平成12年8月)を、ついで国公立大学薬学部長会議は「薬学教育モデル・コアカリキュラム」(平成12年9月)を公表した。2つのカリキュラムは構成と内容は全く違っており、また実務実習カリキュラムは十分に検討されていなかった。

 日本薬学会は、これらの事情を鑑み、21世紀の薬学のあるべき姿を見据えて、平成13年12月に「薬学教育カリキュラムを検討する協議会」を発足させ、学習者主体のカリキュラムとして、「日本薬学会編、薬学教育モデル・コアカリキュラム」(平成15年3月)を完成した【http://www.pharm.or.jp/rijikai/cur2005/参照】。それと同時に、「薬学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議(文部科学省主催)」においては、薬学教育の年限延長問題についての検討が始まり(平成15年5月)、その検討過程において協力者会議の下に、「実務実習モデル・コアカリキュラムの作成に関する小委員会」が設置され、「実務実習モデル・コアカリキュラム」(平成15年9月)が作成された 【http://www.pharm.or.jp/rijikai/cur2005/参照】。この実務実習モデル・コアカリキュラムは、参加型実習を念頭において作成されたものであり、教育目標として一般目標と到達目標を示すとともに、学習方略を記載している。

3.薬学生の資質の確認

 薬学教育年限を6年に延長する国会決議の付帯事項により、中央教育審議会大学分科会から薬学共用試験の必要性が提言された(平成16年9月)。共用試験は、大学間の格差なく、参加型実習を行う薬学生に必要な知識、技能及び態度を確認する試験である。その方法は主として知識を評価するCBT(Computer-based Testing)と主として技能と態度を評価するOSCE(Objective Structured Clinical Examination)の2つで行われることになった。

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